養専寺の由来

東光山光秀院 養専寺

  • 宗派 真宗興正派
  • 教区 東讃教区
  • 組   第1組

養専寺は天文元年(1531)安富玄宥が建立、 寛永20年(1643)雨瀧城主安富備前守盛定の後裔である 安富玄誓によって寺構を整えた寺であり 現住職・安富thumb.jpg

習学は20代目になる   養専寺本堂全景         開基阿弥陀如来木佛立像 天文元年(1531)養専寺建立の際、 草庵の縁に降りたと伝う

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安富氏と養専寺の関連年表

1333年

 安富太郎兵衛、細川氏のもとで足利氏に味方し、 北条高時をたおした戦功により西村荘を賜る
1338年  細川氏のもとで安富氏雨瀧城主となる
1429年  足利義政より安富隼人測量讃州守護職任命
1467年  安富氏、細川勝元側にて応仁の乱に参戦
1523年  安富盛方、寒川元政を長尾に攻め大敗
1531年  安富玄宥諸旦那の助を以って養専寺建立
1540年  安富・寒川両氏による塩木合戦の開戦
1583年  雨瀧城主安富氏長曾我部元親に攻められ落城
1598年  安富氏京都本願寺より再び讃岐に帰る
1643年  安富玄誓富田平蔵に養専寺寺構整える

(大川町史及び大川町立富田小学校掲示年表より抜粋)