(2000-06-23)

2人の会話から

本山へ行って来たよ。

工事どうだった?。

順調そうだよ。

それは良かった。

でも~ご真影様が阿弥陀堂の右余間壇(向かって左)にご転座していたよ。

ええ~どうして?

御影堂の内陣工事の関係でしょう?へ~ェ。それより僕が気になるのはご転座法要かご動座法要を勤めたの?

知らな~い。

興正寺は、ご転座法要の後で御影堂後堂の輿を使ってご転座する慣わしだよ。

中 略

 所でお隣のご動座法要の写真持ってるの?たしかbonnonが持ってるよ。

彼は色んな資料を持ってるからね

じゃ見せてもらおう。

これでまた彼の立場は悪くなるね!大丈夫でしょう!

でも分かっている人は分かっている。ワっ ハっ ハっ・・・。

それにしても小さい写真だネ!    

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独りごと

独りごと(2000-07-05)

 

風小僧さん。本山の二河譬のポスタ-について、『やっぱり阿弥陀さん』はいいのですが、あのポスタ-の中の『信じて行け』と『必ず救う』が問題になるのでしょうね。
この3点セットで浄土真宗でなくなると思います。天台宗でも使用出来るポスタ-と言えなくも無いですね。

amidasan1つまり、お聖人は『信じなさい』とは言われてないはずです。『信心頂きなさい』と仰っているのでしょうね。『必ず救う』とは、今の私にとって未来は現在ほど重要でないでしょう。
今現時点で私が救われているのであって、それをお聖人は正定聚とお示しになられたのでしょう。
どちらにしてもご本山が使用するポスタ-としては疑問が残ります。

 

中 略


上記思いつくまま書かせて頂きましたが、この内容は皆様方からのお叱りを覚語で式務しか知らない式務バカが(独り言)を言ったとお笑い下さい。

屋台ラーメン「しらい」

今晩、小6と小3の男の孫2人と「しらい」へ行った。

「中華そば」を食べに! もう40年余り通い続けている屋台のそば屋だ。客席は10人位座 れるカウンターで、その中には80歳位のオヤジが1人で頑張って いる。

「そば」と「おでん」のみででメニューらしき物はあるが値段が書いて あるだけで、メニューを見て注文する人はイチゲンさんだけだ ろう。
お馴染さんは小一つ、とか、大一つと注文する。そばに名前をつけると 「しょうゆラーメン」になるかなぁ? 細ネギとモヤシと薄いチャーシュウが2枚だけのトッピング。 しかし・・・これがうまい。うまい。40年間味は変わらず、口の 悪い阪神ファンのオヤジも変わらない。

40年間存続している「ぼろ屋台」 うまくなければ続かない。
(香川のうまいラーメン屋)とかいう雑 誌には掲載されない「ぼろ屋台」である。 味は・・・薄い、濃い。わからない?淡白、コッテリ。わからない。 しかしうまい。子供、少年、青年、壮年、老人。みんな喜ぶ味。 京阪神からクルマで食べにくる人々に時々出会う。

お馴染さんは店の宣伝はしない。なぜ?自分の席がなくなるから(笑)
「うまさ」と「店のボロ」さは東讃一、香川一、四国一、日本一、 世界一だろう。断言する。 写真の掲載なし。所在地も書かない。
知れ渡ると私の席がなくなる から(笑) 営業時間は夜暗くなってから始め、客が来なくなったら終わり。

木曜日が定休日。 ラーメン好きな孫の心をシッカリ捉えて離さない「しらい」 眠い目こすりながらでも嬉しそうに食べる孫の笑顔がうれしい。

いっぺん行てみいまい。ふふふ・・・。 すぐ隣に「岩崎のパン屋」がある。世界一うまいパンを売っている

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白ベンがメゲタ! 皆さんは高速道路でオーバーヒートの経験はありますか?

日曜日の猛暑の中、養専寺掲示板で(お金持ちの象徴)と云われた白ベンがオーバーヒートし壊れた。

この日はJYOJOの母(私の娘)を滋賀の甲賀での同窓会に送り、その足で高雄病院(アトピー治療のページ参照)に来院、JYOJOに診察を受けさせ、その後大谷女子大学生で富田林の末娘の所へ立ち寄り、帰山の予定で午前5時に坊守の里の母、坊守、JYOJOの母(私の娘)とJYOJOと共に養専寺を出発した。

白ベンで出発と決め前日に、オイル交換、ラジエータの水、タイヤの空気圧その他、近所のモータースで点検してもらっての出発である。
養専寺出発から滋賀県甲賀までは坊守がハンドルを握った。(住職は朝が弱いのでネ!)鳴門大橋、淡路島、明石大橋とJYOJO同乗の為 途中2度の休憩を取り離乳食を与えながら順調に走行。

午前10時頃甲賀に到着。同窓会出席の娘が下車。JYOJOはチャイルドシートでグッスリ眠っていた為悲しい別れとはならず娘一人が寝ているJYOJOに向かってバイバイ! 運転を交代し京都の高雄病院へ向かう。
外気温、何と40度。水温計の針もヤヤ上昇気分。エンジン、エアコン共に快調。しかし~、名神京都東の料金所での長い渋滞。市内渋滞走行(少しパワーダウン??)シフトダウンが多いようだネ!と一人思いつつ高尾病院到着。

診察と投薬。そして昼食と休憩約3時間。 さあ~富田林へ行こうと駐車中の白ベンに戻りエンジンスタート。オイ? オイ? オイ? 何と何と。エアコンから熱風・・・えっえっえ~。 image1111 走れば冷える!うん冷える。

スタート。(これが地獄へのプロローグ)とは誰知るや!少し走れば渋滞。渋滞。水温計の針は最高位。止まりたい、止まれない。渋滞、渋滞。エアコン冷えない。窓を全開。団扇、ウチワ、うちわ。JYOJOは(金時さんの火事見舞い)の如く真っ赤な顔で笑う。

どんな時も常に愛想良く振舞うJYOJOが愛しくて可愛そう。 途中で一度止まれたので点検するが、冷却水量、オイル等すべてOKなのですよ? (不思議です) とにかく走りましょう。高速へ乗ろう、そしてPAかSAでじっくり点検だ・・・と。もうこうなると正しい判断が出来ないのでしょうか?今にして思えばナゼこの時点でJAFを呼ばなかったのか?

今日考えても、分っかりませ~ん。
やっとの思いで名神京都南インターから高速に乗れた。名神は順調に流れている。走れば冷える。うん冷える・・・冷えない?水温計最高温度を示している。エアコン少し冷え出した。

とにかく最初の桂川SAでじっくり点検だ! しかし、ゆ~くりスピードダウンしはじめる。すぐ天王山トンネル。もしもトンネルの中で・・・?止まろうか?止まろうか?いや行け~行け~悪魔がささやく。トンネル突入。突入。 タノム早く。早く。トンネルを出たい。エンジン悲鳴を上げている様だ。おとろしわ~どなんしたらえんぞ。讃岐弁でつぶやくが(お念仏は出なかった?)お聖人の仰る如くだ??? 出た、さあ桂川SAへ。まだか・・・まだか・・・。見えてきた。

助かった。左の侵入道路へ。そしてSAへ、満車状態。空きスペースを見つけハンドルを切り、アト3M。今まさに駐車しようとした刹那。エンジンルームから、ゴトゴト音そしてエンジン ポン。ストップ。 ボンネットを開き迷う事無くJAFへ携帯。(ここで、やっと正しい判断が出来た) 下りの桂川SAですか?SAの入り口付近ですか,それとも出口付近ですか?車の状態は、ナンバーは、会員証はお持ちですか。携帯番号はと必要事項を聞かれ、少々お待ち下さい。

ハイお待たせ致しました。ベンツ担当がまいりますが、交通渋滞の為約1時間半お待ち下さい。 担当者がお車の所に到着しますと携帯でお知らせ致しますので涼しい所でお待ち下さい。それでは、ハイ・・・バイチャ!バイチャ! ベンツ担当が来てくれてもこんな所では修理は出来ない。応急処置で香川まで帰れたら良いのになあ・・・。もしダメな時は近くのインターまで車輌搬送、一般道路に下ろされJAF指定のモータス屋に入れられ・・・ああ、大変だ~。金掛かるだろうな~。

門徒の人が云って呉れたようにボロ車(ベンツ2台)処分して適当な車にしとけば良かった。でも(門徒として)さんの云うようにステータスシンボルだもんなア!とか考えながら皆でお茶を飲んでいた。

待つ事約1時間。携帯が恩徳讃のメロディーを奏でJAF到着を告げる。 来た!JAFが来た。おもむろにベンツの所に行くとすでに修理が始まっていた。
(せいぜい応急処置位だろう)と思っていた僕はビックリした。本格的な測定機や特殊工具を取り出して修理屋さんと同じように修理しているではないか。

それも当然路上で。色々状態を説明し、待つ事約1時間30分。 エンジンのフアンクラッチの故障です。エンジンのフアンとエアコンのフアンの電気系統は同じ回路でヒュ-ズも同じです。
だから片一方がトラブルと両方とも動かなくなります。 今はエンジンのフアンの配線を切断してありますので、エアコンは正常に冷えています。しかしエンジンのフアンは回りませんので水温は上昇します。

ラジエーターに処理剤を入れました。それだけの料金を請求します。ハイ 145円です。しかし良く高雄からここまでファン無しで来られましたね。さすがベンツ!エンジンにダメージがなければ良いのですが・・・。
それでは処理剤の料金145円お願いします。

エエ???あれだけ見て、配線調べて、調整して、工賃タダ。145円のみ。 来て見てサワッテ○○○のお店。ではないけど。来て見てサワッテ・・・部品代のみ145円。
それではなるべくスピードを落とさずに出来るだけ時速80キロ、最低50キロは保って走行下さい。途中渋滞がない事を神???に祈ってます。
ではバイチャ!バイチャ! JAFに入会まだの方必ず入会しましょう。推薦致します。(笑) もう富田林の末娘(Mico)の所へは寄らずに(寄れないヨ・・・これではネ)
帰ろう。帰ろう。 kiben11白ベンはこんな訳で修理に幾らいるか分からない。黄ベンはエアコンのコンプレッサーの交換に数十万円。 家族会議で、2台のポンコツベンツを処分して1台にしようという事に決定。
siroben2買っちゃいましたヨ!ワインレッド四つ目のベンツワゴン! (日本名 蘇芳色 ソホウイロ四つ目のベンツワゴン)

哀 2

6月1日夜、忠さんが死んだ。

今、お悔やみから帰って来た。 中学の同級生。気のいい男だった。明るい気さくな男だった。
酒と美味い物に目IMG_0126のない男だった。 鉄と、ステン、アルミ溶接の日本一受賞の男だった。

美術加工の第一人者だった。 数年前本堂の花瓶の落し蓋を作ってもらった。とても難しい仕事である。

その事を北海道の佐長真隆法兄に話すと自分もほしいと言う。忠さんに依頼した。他の仕事を後回しにして二つ返事で引き受けてくれた。 IMG_0125

それも花瓶の寸法を筆記した手紙を見て作った。 花瓶にピッタリ納まり、極寒の地でも絶対に裂ける事がないと言う。 太田君のお寺の花瓶の修理をした。他の溶接屋で断られたものだ。
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2回目の入院の前にハ-レ-のスタンドを修理してもらった。

どこの店でも二の足を踏んだスタンドが忠さんの名人芸でよみがえった。

仕事のし過ぎ。いつ寝ていたんだ?いつも仕事をしていた。
早朝から夜中まで。 又一人いいヤツが俺の前からいなくなった。

腕のいい芸術家・日本一の職人が終わった。 残念だ。 俺が往くまで美味いモンでも食って一杯飲んで待ってろョ!忠さん!

哀 1

 

          5月30日 妙子が死んだ。
妙子のお寺

48歳。腎臓結石粉砕術にて入院中に心筋梗塞を引き起こし心不全での急逝。

妙子とは坊主仲間では特に古い付き合いである。    若くして親との別れ、本堂の移転新築他、女手一つで良くやった。本当に苦労を背負って生まれて来た妙子であった。
 

妙子の身体は病のデパ-トだった。病気の事は余り話さなかったが、密かに入退院を繰り返していた。 長い間随分苦しかっただろう。
だるい身体でも、いつも冗談が通じ、いいケンカ相手だった。

お勤めは冗談にでもうまいと言えなかったが、道具物(鳴り物)は抜群のセンスを持っていた。金の打ち方を一つだけ伝え忘れた。心残りだ。

妙子は退院予定日に死んだ。1組の稚児係りがいなくなった。 ケンカ相手がいなくなった。

妙子よ なぜ死んだ 久し振りに泣いた。 心の底からからつらかった。

お悔やみ、お通夜、葬儀、野辺。涙が止まらなかった。 妙子、お浄土は忙しかろう・・・。

如来様とケンカをしないようにナ! 俺が行くまで首を長くして待ってろョ!妙子。